【Q&A】ロスコ展―高さについて

●5月17日の日記―――川村記念美術館マーク・ロスコ 瞑想する絵画」展についての感想。

 ロスコのシーグラム絵画の落ち着き先をどうするかという手紙が展示されており、荒々しさと丁寧さとの間の緊張感に溜息。行間に、落胆や責任感や刃物の甘い囁きを妄想し、自分の記憶と重ねては物思いに耽った。
 メインフロアは、なぜあの高さに上辺を合わせた展示したのだろう。その必然性を確認するため、入口まで音声ガイドを借りに戻ろうかと思ったが、面倒なのでやめてしまった。 絵画が重さから解放されて、霊的な印象になり、効果としては素晴らしかったのだけれど、不思議な感覚だった。もともと展示される予定だったレストランは、公共空間なので、高さがある展示にしたのかもしれない。この設計プランに沿っているのだろうか。

 あのように巨大なサイズの絵画であるにもかかわらず、回しながら描いている滴りの痕跡があるので、絵を回すためだけに助手が呼ばれるのかな?などと再び妄想を膨らませた。

●5月22日 解答―――マーク・ロスコ展関連ワークショップでのメモ

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UTCPワークショップ「ロスコ的経験――注意 拡散 時間性」
2009年5月22日・東京大学駒場キャンパス

講師:
林道郎上智大学
田中正之(武蔵野美術大学
加治屋健司(広島市立大学

司会:
近藤学(東京大学

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 川村記念美術館のロスコ展メインルームの展示の高さについて、発表と質疑応答の際に指摘されたのは以下のようなことだった。

 ロスコ自身、<シーグラム絵画>の作品群を、この展示の元となったレストラン「フォーシーズンズ」(フィリップ・ジョンソン内装)に設置する段階では、迷いに迷った。3フィート以上、4フィート6インチ程度で展示したいという意志は強くあったとのこと。展示を考えるためのマケットの段階では、制作時の高さに合わせた床から15センチ程度と、低く設定してあった。
 レストランということもあり、絵画が見やすいように高く設置したいというのは、ロスコ自身が、かなり初めのころから言っていたことだった。下層階級の出身だったロスコは、フォーシーズンズという高級レストランにくる上流階級の人々に対して、全く親密な感覚ではなく、むしろ悪意をもって展示を演出したところもある。(ただし、心の揺れもあるが。)従って、従来の「親密な」作風という文脈とは異なった、見る者を見下すような威圧的な展示方法となった。(図録にもあるエピソード)
 また、作品すべてを並べてみると、個々の作品の高さが微妙に違うため、並べて展示した際には、全体のアウトラインがガタガタになってしまう。(これは現展示でも確認できますが)このおうとつが目立たないように高い展示ポジションを選択したそう。

 制作プロセスについては、弟子が上から描いてロスコが下から描くということもあり、イメージしていた「制作」よりもかなり大規模なもののようだった。

*留意点
 以上の説明は、レクチャーの中のほんの一部分を取り出したにすぎません。レクチャーの発表内容は、川村記念美術館の展覧会図録所収の「ロスコ論集」として発表されたテーマに沿ったものです。

●5月25日 再び、感想

 作品中心に作家の意図を解釈して低い展示を選択する見方もあるかもしれないが、展示されていた手紙にあるような展示における作家の意図の揺れを理解するには、高い展示ポジションの経験は不可欠だろう。実際には、見下ろされるのは感覚的に不快というわけではなく、川村記念美術館の展示は、教会の柱彫刻-天使が上から見下ろしてくるようなもの-と似通った印象を私に与えた。展示によって、そのような絵に見えてしまうのは、一つの実験としてはありうるけれども、意図を明確にした上で受けいれられるのが安全かもしれない。あのおどろおどろしさはそういうことだったのか…と説かれて納得することになった。

●6月8日 回想

 今回の展示のみどころは、この展示の仕方でもあるし、展示意図は展示の紹介文に明らかにされている。実験的な展示を鑑賞することによって絵画展示自体を読むモードが広く受けいれられるようになっていくのだろうか。ちなみに、私がこの展示意図を知ったのは、5月25日にHPを見た時だった。展示室内に書いてあったのだろうか、あるいは音声ガイドのみでの紹介だったのだろうか…。

*展示意図を以下に引用しておく。

川村記念美術館 「マーク・ロスコ 瞑想する絵画」展 展覧会紹介ページより転載
http://kawamura-museum.dic.co.jp/exhibition/index.html

「新しい展示のこころみ

本展では、通常の〈シーグラム壁画〉の展示とは異なる方法をとっています。これは、いずれも生前のロスコの希望を考慮したものです。まず、全作品が見上げるような高い位置に掛けられていること。もともとレストランのために描いた〈シーグラム壁画〉は、テーブルについた人の頭越しに鑑賞できるよう、床から120センチ以上高く掲げるのが好ましいと、ロスコは1961年の回顧展に際して指示を出しています。ふたつめに、作品と作品の間隔を狭めていること。これも、ロスコ自身のスケッチからヒントを得たもので、複数の絵の連なりを一枚の巨大な壁画のようにとらえることができます。そしてもうひとつ、自然光が入る部屋に展示されていること。ロスコが〈シーグラム壁画〉を制作したスタジオには、天井近くに明かりとりの窓がありました。その雰囲気に近づけ、外光にあわせて刻々と変化する絵肌を楽しんでいただけるようになっています。」